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2009年7月 9日 (木)

On Voice 第233回 民主主義の代償として我々は徹底的に悩まなくてはならない

 60年代には「悩むことに不得手な人も悩まされてしまった」と言うが…
 誰だって悩みたくはないし、自分の生き方について突きつけられたくはないのは当然だが。
 悩むことは義務であり、死ぬほど悩む人に崇高な生き方を感じる。
 60年代から70~80年代に至る過程で、そうした思想は意図的に排除されていったのではないのか?

柳川龍太郎(仮名)の
ネクラのみ来ん on voice 第233回

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