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2015年7月19日 (日)

国会前に行ってきた

 戦争法案の衆院通過には行けなかったが、昨日は国会前に行った。
 作家の澤地久枝氏が中心になって呼びかけた全国一斉行動の中央集会だ。これは俳人である金子兜太氏が書いた「アベ政治を許さない!!」というポスターを7月18日午後1時に全国で一斉に掲げるという運動だ。

hisaesawachi
https://sites.google.com/site/hisaesawachi/home

反「安保」:拡大 全国で一斉抗議「アベ政治を許さない」(毎日新聞)
http://mainichi.jp/graph/2015/07/19/20150719k0000m040033000c/001.html

 マスコミの扱いは小さいが、この運動には大きな意味があると思う。特定の政策ではなく、安倍政権打倒そのものを掲げた非政党系(無党派)市民による大規模な運動が本格的に始まったのである。
 「I am not 安倍」を掲げた元官僚の古賀茂明氏がメディアから完全排除されているが、いよいよこうした文化人・インテリたちが反安倍政権の主張を隠すことなく発言し始めた。
 もちろんこうしたことの背景には、戦争法案反対で連日国会前で闘ったSEALDsなどの若者の影響も強いと思う。若者が全力でがんばっているのに年寄りが家に引っ込んでいて良いのかという気持ちを持った人も多いだろう。

 世論調査ではいよいよ政権支持率が30パーセント台、不支持率が50パーセント台に入った。安倍さんは新国立競技場問題でゼロベース見直しを打ち出し、政権支持率浮上を図っているが、そもそも責任論を抜きにしたパフォーマンスがどのくらい通用するのものか。
 舛添都知事にもツイッターで次のように批判されている。

「安倍総理は、1ヶ月前から見直しを検討したと言うが、それなら6月29日になぜ政府案を決定したのか?」
「6月29日、下村大臣は(中略)「最終案」を公表した。その後の政府、JSC、組織委員会関係者の発言を検証するとよい。「変更ない」、「国際信用を傷つける」、「最善の案」などだ。主張の整合性よりも内閣支持率が優先か?」
「これだけ大きな政策転換をするのならば、大失策の責任者の更迭は当然である」

 舛添氏の発言にも、自分の支持率をどうにかして維持しようとする苦しさを感じざるを得ないが、言っていることはもっともだ。

 安倍氏はIOC総会で福島原発はコントロールされていると嘘をついたが、その責任もとっていない。政府や与党内の政治とカネの問題も続発したのにその責任もとっていない。安倍氏の狡猾と言うか厚顔のところは、自分に責任があると明言しながら、しかし実際には何一つ責任を取らないところだ。もはや「責任」という言葉自体に何の責任も存在してないのである。
 近代主義の基本は社会のシステムを全員が遵守するというところにある。システムは近代社会を容認する以上、主義主張や思想にかかわらず、変えてはならない原則に支えられている。それは社会システムは責任の体系だということである。人々はみな社会のいずれかのパートを受け持ち、そのパートに責任を持つ。そのことがあるからこそはじめて平等で民主主義的な社会が成立するのだ。もちろん人々はそれぞれ意味も責任も全く違うパートを担当しているのだけれど、人々がその責任を放棄したり無視したりし始めたら社会は成り立たなくなる。
 日本の政治システムの最長点にいる総理大臣が、自分の言動や立場に責任を取らなくなったら、それはまさに社会の腐敗であり、民主主義の終焉、独裁政治でしか無くなる。

 「民意」を形にする必要がある。自民党幹部たちは「抗議はたいしたことがない」「昔はもっとすごかった」というようなことを言っている。国民世論は全くなめられているのだ。意見の違いを越えて、ともかく今は安倍政権打倒のうねりを作るべき時だと思う。

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