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2020年12月

2020年12月19日 (土)

殺しの免許証(ライセンス)

 知る人ぞ知るカルト的人気を誇るイギリスのB級スパイ・アクション映画である。
 今となっては幻の映画で、ぼくも劇場で見たことはない。おそらく10代のころ、1970年代にテレビで放送されたのを見たのだろう。しかしその記憶は強烈で、ずっとこの映画を追いかけてきた。
 これを語ろうとしても、とっちらかるばかりなので、箇条書き的に書いていこう。

◆魅力

 人それぞれだろうが、ぼくにとっては、このジメジメしたロンドンの臭いである。こういうのはありそうで、なかなか無い。それだけでこの映画は傑作認定して良い。
 低予算だからだろうが、世界中のリゾート地を飛び回るジェームス・ボンドと違い、この映画は徹頭徹尾ロンドンとその周辺だけが描かれる。
 スタイリッシュな殺し屋が靴を脱ぐと、靴下に穴が。良い! 良すぎる! これを見て思い出すのは、フリーマントルの「消されかけた男」で、くたびれたスパイが濡れたハッシュパピーを乾かす場面。ハリウッド映画には無い影を感じさせる映画が好きだ。

◆映画について

 映画のデータ等はウィキペディアに詳しい。
 簡単に触れると、カナダ出身のホラーやサスペンスものを得意とするリンゼイ・ションテフによる監督作品で、1965年公開の英国映画。日本では翌年公開された。主演は「大脱走」で有名なトム・アダムス。
 映画自体は、当時大ヒットしていたショーン・コネリー主演の007シリーズのパロディというか、その設定をパクったものだが、いかにも低予算映画である。とは言え、案外実力派の俳優が参加してもいる。
 後述のように英語タイトルは2つあって、"Licensed to Kill"および"The 2d Best Secret Agent in the Whole Wide World"。

◆シリーズ等

 正直、シリーズや関連作を掘っていくと切りが無いので、簡単な紹介のみで。

続・殺しのライセンス(1966)
(Where the Bullets Fly)
 主演トム・アダムス、監督はジョン・ギリング。上司役は引き続きジョン・アーナット。まあ正当な続編と言える。日本でも劇場公開されている。

Vの追走 マドリッド奪還大作戦(1967-1976)
(Somebody's Stolen Our Russian Spy)/(O.K. Yevtushenko)
 主演トム・アダムス、ホセ・ルイス・マドリッド監督。
 トム・アダムスがチャールズ・バインを演じる3作目かつ最後の作品だが、実質上スペイン映画。作られたのは前作の翌年だったのだが、配給会社が躊躇したのか一時お蔵入りして、公開は約10年後の1976年だったようだ。
 日本ではビデオで発売されている。
 ちなみに"O.K. Yevtushenko"というもうひとつのタイトル。イェフトシェンコという作中のソ連スパイの名に由来するのだが、撮影とほぼ同時期に公開されたイタリア映画の"OK CONNERY"に呼応している。こちらの映画も怪しい映画で、邦題が「ドクター・コネリー/キッドブラザー作戦」。主演がなんとショーン・コネリーの実弟。ヒロインが「ロシアより愛を込めて」のダニエラ・ビアンキ。他にも本家007出演俳優が多数参加するという大変な作品だが、当然、企画を楽しむ以外のものではないとのこと。

シークレットサービスNo.1(1970)
(ビデオ邦題「女王陛下のトップガン」)
(Number One of the Secret Service)
 リンゼイ・ショテフ監督、ニッキー・ヘンソン主演。
 こちらは Charles Vine ならぬ Charles Bind (チャールズ・バインド)が主人公の007パロディ映画。日本ではテレビ放映されているが、ビデオとしても発売された。

女王陛下のトップガン2(1979)
(Licensed to Love and Kill / The Man from S.E.X.)
 リンゼイ・ショテフ監督、ガレス・ハント主演。
 前作と同じく主人公の名前がチャールズ・バインドの007パロディ。まあタイトルがもうすごく怪しい。予告編を見ると、まさにそういう感じの映画。
 日本ではビデオ発売。

Number One Gun(1990)
 リンゼイ・ショテフ監督、マイケル・ハウ主演。
 やはりチャールズ・バインドが主人公、と言うことと、かろうじてポスター写真が見つかるくらいで、ネットにも全然情報が無い。
 YouTubeで予告(というかダイジェスト)が見られるが、無茶苦茶なドタバタ・コメディみたい。全身金属コーティング(?)の人物を忍者が日本刀で切ると刀が折れるとか、ヘリコプターから落ちるとき小さな傘でランディングしたり。バインド・カーは真っ赤なスーパーカー。英語版のDVDはあるようだ。もはや本作とは無関係。

◆確認しうるソース

 後述の通り、本作のDVDは発売されていないか、流通していないので入手不能、または困難である。そのため、かなり強引な方法を使わないと視聴することが出来ない。現在までのところ、ぼくが確認しうるこの映画のソースは主に次の各種。

1.ネット上にある、日本語字幕の付いた動画ファイル
 おそらく日本国内版として発売されたVHSビデオをダビングしたものと推測される。ただぼくが見たものは動画と音声のピッチがずれてしまい、上手く同期していなかった。

2.ネット上にある、字幕の無い動画ファイル
 おそらく米国版のビデオをダビングしたもの。

3.テレビ放映されたものの録画ビデオ
 自分で録画したものを編集して残してあったVHSテープ。
 はっきりしないが、たぶん1990年代後半ににテレビ東京の昼の洋画枠で放送されたものだと記憶している。
 2カ国語放送で、当時の仕様で左右に日英の音声が録れている。字幕は無い。声優等は不明。少なくとも山田康雄ではない。

4.ネット上にある、テーマ曲とされるシングルレコードの音声データ

◆ソフト化

 映画本編は1966年に日本で劇場公開されている。翌年に続編となる「続・殺しのライセンス」も公開された。3作目の"Somebody's Stolen Our Russian Spy"は未公開。
 確認できる限りでは、第一作は日本で字幕版のVHSビデオが発売されている。これがおそらくネット上で出回っている動画のもとだと思われる。
 イギリスのAmazonに第一作と第二作がパッケージされたDVD-Rが出品されているが、どうやらビデオをダビングした海賊版らしい。ということは、第二作は本国ではビデオが発売された可能性がある。ただし、未だにDVDもブルーレイも未発売のようだ。権利関係の問題だろうか。
 第3作は前述のようにビデオ販売さているが、現在欧州では有料ストリーミング配信で観ることができるらしい。

◆編集バージョンについて

 この映画に限らず、映画は生き物なので、様々なバージョンが次々生まれる。そうしたバージョン違いについて考察する。

1.英国オリジナル版
 リンゼイ・ショテフのオリジナル版。日本語字幕版をこのオリジナル版に字幕を付けたものと推測して、以下記述をする。
 タイトルは"Licensed to Kill"。冒頭にタイトルとクレジットが置かれている。この冒頭のテーマ曲はホーンセクションを前面に押し出したビッグバンドジャズ系のインストゥルメンタルである。バートラム・チャッペルのものと考えて良いだろう。
 このクレジットシーンの後に公園のシーン、続いてソ連情報部の出先オフィスのシーンにつながる。

2.米国公開版
 プロデューサーのジョセフ・E・レヴィンによって再編集され、"The Second Best Secret Agent in the Whole Wide World"のタイトルで米国および世界で公開されたバージョン。
 最も大きな特色は、公園のシーンを冒頭に移してヤコブセン教授の演説音声をカット、次にタイトルとクレジットを挿入するのだが、このテーマ曲を新たに作ったサミー・デイビス・ジュニアの歌に差し替えてあること。タイトル表示もアニメーションを使ったユーモラスなものに変更してある。
 ネット上の字幕無しの動画ファイルがこれに相当すると考えられるが、いくつか不明な点もある。
 ネット上の動画ではクレジット部分のみがビスタサイズ(ワイド)(と言うよりは縮小?)になっていて、本編はスタンダードサイズ(4:3)である。そもそもこういう編集なのか、それとも米国上映時にサイズを変更したものがあるのか、それを再々編集したものがネット上の動画なのか、よくわからない。
 と言うのは、英語版Wikipediaを見ると、米国版はベッド上でのクロスワード・パズルのシーンや、英国情報局のオフィスで「ボンド」に言及するシーン、「リグレブ」の説明に言及するシーンなどがカットされていると書かれているが、現在知りうる限りでは、この動画ファイルにカットされたシーンがあるようには思えないからである。

3.日本公開版、テレビ放映版とニセトラ
 日本語タイトルがどの媒体でも"Licensed to Kill"か「殺しの許可証(ライセンス)」なので、おそらく日本公開版は英国オリジナル版なのではないかと推察できる。
 テレビ放映されたものも、当然テレビの尺に合わせてカットされている部分はあるものの、基本は英国オリジナル版である。教授の演説音声もある。
 ただし違うのはテーマ曲だ。1とも2とも違う。この映画の話題で一番多い「ニセトラ」が使われている。この「ニセトラ」問題はネット上で詳しく議論されているから踏み込まないが、サックス奏者の尾田悟のバンドによるものというのが定説だ。これがサントラとして発売されていたシングルレコードと同一の音源ということになる。
 一部に尾田の作曲という話もあるが、実際に聴いてみると、オリジナルで使われている、おそらくチャールズ・バインのテーマと思われる曲をアレンジしたもののようだ。オリジナルの方はエレキギターとホーンセクションによるモダンジャズ風のアップテンポの曲だが、「ニセトラ」の方はホーンセクションを排除してテンポを遅くし、Aテーマのみを繰り返す演奏になっている。カッコイイ曲に仕上がっていて、日本のファンはこの曲に引かれた人も多いのでは無いかと思うが、原曲と比べるとやや単調という気もする。
 問題なのは、この曲が日本での劇場公開時点から差し替えられていたのか、テレビ放送時に差し替えられたのかだが、レコードが「サントラ」として受容されていたのであれば、劇場公開時点で差し替えられていた可能性が高い。

◆謎の女

 実はこの映画には影の謎の女が存在する。エステール・E・リッチモンドだ。この人、クレジットに「制作主任」として、プロデューサーや監督と同じ並びで大きな文字で表記されているのだが、ネット上で検索しても全くヒットしない。
 一体何者なのか。誰かの変名なのだろうか。

◆俳優のトリビア

 モーゼル軍用拳銃が登場することなどから、ガンマニア系のトリビアはネット上で良く議論されているし、ぼくは詳しくないので省く。
 さて、本編中に少なくとも2箇所、同年公開の本家007「ゴールドフィンガー」を匂わせる台詞があるのも有名だが、実は出演俳優の中に2人、前年公開の本家「ロシアより愛を込めて」に出ている人がいる。 
 英外務省高官役のフランシス・デ・ウルフと、ソ連官僚役のジョージ・パステルで、それぞれロマの長の役と、オリエント急行の車掌役である。
 なお、ソ連のエージェントが化けた女の役をやったモナ・チョンは、後に本家の「女王陛下の007」に出演した。
 もうひとりのソ連官僚役のオリバー・マックグリービーは、前述の「女王陛下のトップガン」に起用されている。
 女助手役のベロニカ・ハーストは主に戦前の映画でキャリアを築いた女優らしいが、その夫が「2001年宇宙の旅」などで有名なウィリアム・シルベスターで、彼の方は「007は二度死ぬ」に出演。
 最初と最後にちょっとしか登場せず、しかも台詞が一言も無い怪演が印象深いロバート・マーズデンは、実はシェークスピア役者でけっこうな大物っぽい。

◆台詞のトリビア

 本家007を匂わせる台詞の件は有名なので省く。
 本編の中には意味があるのかどうかわからない台詞がいくつか登場する。
 ひとつは、教授たちを乗せてアメリカに向かうために用意された貨物船の名称。ぼくには聞き取る耳が無いのだが、字幕では「SSドラム号」となっている。バインの言によれば20年無事故だという。これを調べてみると、第二次世界大戦中のアメリカの潜水艦"USS Drum, SS-228"(SS-228番ドラム号)に行き当たる。太平洋で対日戦に従事した潜水艦で、多くの輸送船などを沈めた有名な船のようだ。
 この船の就役が1941年、退役が1946年で、この映画の公開時点で退役後約20年だった。当時はアメリカで係留され公開展示されていたらしい。
 ただし、日本語吹き替えでは「ダーハム号」とされており、これは翻訳者が船名を"Durham"と聞き取った可能性がある。"Durham"は日本では一般的にイングランド北東部のダラム市を指す。
 もうひとつ不明な固有名詞として、ソ連の殺し屋の任務が「TSR2の監視」と語られている部分。
 作中ではこれは「屠殺場」ということになっているが、"TSR-2"は当時イギリス軍が開発中のジェット爆撃機の型名だった。この映画の時点では開発途中であったが、後に計画は中止された。映画の言及との関係はわからない。
 ついでに日本語版で気づいたことを。
 ひとつは、ファーストシーンで教授の弟が撃ち殺された後、乳母車を押す女と警官が言葉を交わす。これはおそらく"Mornin' No.10"とか、ようするに6号と10号が「お疲れ」とか言ってるのだと思うが、そこは字幕、吹き替えともはっきりさせていない。これは後のウィルソンがマスターマンの賛辞に答えるシーンの台詞の布石になるので、明確にしておいた方が良いと思う。
 もうひとつ、ソ連の殺し屋の名前が、本編では「サディスティコフ」と言っているようで、字幕もそうなっているが、吹き替え版では「ソルーニン」になっている。言いづらいからか、サディストと聞こえるからか理由は良く分からないが、「ソ連」と「レーニン」を掛け合わせたみたいで絶妙というか微妙というか。ちなみに実際にソルーニンはロシア人の名前としては不自然なものでは無いようである。

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