アバター・オブ・マーズ
小学生の頃、放課後よく図書室に行って本を借りて読んでいた。大抵がいわゆる名作だった。あとミステリー。一方で人気が高くよく貸し出されていたスペースオペラなどは低級だと考えてずっとスルーしていた。まあ嫌みな子供である。
そんな中で、たまたま気まぐれに手に取ったのが、エドガー・ライス・バロウズ(E.R.B)の「火星のプリンセス」だった。もちろん子供向けのジュブナイル版だったが、これはとても心に残った。
やがて中学に入ると普通の文庫本を読むようになり、本屋巡りが趣味になった。一番近いところでは通学で使うバス停の前にあった文房具店兼書店(こういう店は昔は多かった)。あとは川口、赤羽、池袋、それから神保町。このころはもう読むのはSFが多くなっていた。ただ日本人作家が中心で、依然としてスペオペは読むことがなかった。例外はやはりE.R.Bで、あの武部本一郎画伯のカバーイラストが有名な創元SF文庫と出会って、これがあの本の原作なのかと買ってからは、火星シリーズ、ペルシダーシリーズと高校時代までずっと読み継いでいた。
ぼくがスペオペを軽視していたのには、時代の風潮もあった。1960~70年代はフラワームーブメント、ベトナム反戦、学生運動の時代だった。映画はニューシネマ、SFもニューウェーブ運動が巻き起こり、特に日本SFは文学志向の強い福島正実が事実上のリーダーで、古い価値観にまみれたスペオペはもはや過去のものだった。これを一夜にして180度ひっくり返したのが「スターウォーズ」だったのだが、それはまた別の話。
さてそんなぼくがなぜE.R.Bに引かれたのか。自分でもよくは分からない。なにしろ彼の作品はどれもほとんど同じストーリーだ。ヒーローがヒロインに出会うがヒロインはさらわれ、それを追いかけてヒーローが長い冒険の旅をして、最後にヒロインと再会する、ようするに偉大なるマンネリ、水戸黄門みたいなものである。
ただバロウズは先駆者であった。現在のスペースオペラや(ヒロイック)ファンタジーの原型は「火星のプリンセス」にあると言っても良い。
我々が、いくら古くなってもコナン・ドイルのシャーロック・ホームズに魅せられるように、やはり先駆者の作品には後続の作品に無いオーラがあるのかもしれない。
前置きが長くなりすぎた。
そんなスペオペとファンタジーの金字塔である「火星のプリンセス」が映画化されないというのは不思議でしか無かった。原作は1917年である。戦前に映画化されていたっておかしくはない。ウィキペディアによると、実際1930年代から度々映画化の試みがあったが、どれも頓挫してきたようだ。そのひとつの要因はE.R.Bのイマジネーションが上を行き過ぎていて、映像化するのが困難だったことによるのだろう。
これは「指輪物語」と同じようなものである。多くの人が愛着を持つ古典的作品は、中途半端な映像化では皆納得しない。「指輪」の場合には幸いにもピーター・ジャクソン監督版が大成功したが、そこまでは頓挫の歴史だったようだ。1978年のアニメ版はぼくも劇場で見たが、あれも結局後半部分が作られずじまいだった。
2012年、ディズニーの「ジョン・カーター」が公開され、まさかと思って調べたらやっぱり「火星のプリンセス」だったので、これは嬉しかった。良く出来た映画だと思ったのだけれど、これが結構不評で、何かスターウォーズの二番煎じやB級SF・ファンタジー映画扱いされてしまった。
不運としか言いようがない。そういう小説やアニメ、映画のルーツになった作品なんだよと主張しても、もはや原作を知らない人達の方が多くなってしまっている。タイミングは難しい。確かにそもそも原作も古くさい価値観に覆われた大衆娯楽小説ではあるのだが。
結局このディズニー版も続編が作られることなく終わった。
そんなとき、たまたまYouTubeでB級映画の予告編を見たら、どうも「火星のプリンセス」っぽい映画ではないか。チープな感じだし、ディズニー版より前の作品のようで、日本での劇場公開はされていないことは明らかだったが詳細がわからない。
ただそういう映画があるらしいことだけは分かった…、と言うところまでで、実はしばらくこの話は忘れてしまう。
そんなこんなで、つい先日いろいろ資料整理をしている時にふとこの映画のことを思い出した。再度YouTubeを見てみると今度はフルムービーが上がっているではないか(著作権のことは知らないが)。それで今度はアマゾンを調べた。
タイトルは「Princess of Mars」、そのまんま。ドイツ語版のDVDがヒット。同じページにいくつか同じ作品へのリンクがあって英語版らしきものもある。途中に全然違うDVDも挟まっていて、これは何かの間違いだろうと思って無視して次へ。だがいろいろ調べている内に、どうも別タイトルがつけられている版があることがわかってきた。それで気づいてもう一回アマゾンに戻って見てみたら、違う作品だと思っていたものが実はこの作品の日本語版DVDであることがわかった。ああー分かりづらい!
こうしてたどり着いたのが「アバター・オブ・マーズ」(2009)。劇場公開はされておらず、DVDのみで販売されたものだとわかった。日本語吹き替えもついている。
ヒロインの火星の王女=デジャー・ソリスを演じているのはトレイシー・ローズ。ん? 聞いたことがある名前。たぶん昔、スポーツ新聞や週刊誌、街角でもよく見かけた名前のような。でも実際に映画は見たこと無い。それもそのはず… えーと詳細は各自で調べて下さい(ただし18歳以上限定)。今回初めて知ったが、彼女の若いときの映画は現在ではすべて公開禁止になっているそうだ。
さて、この「アバター・オブ・マーズ」、検索してみると本当に評判が悪い。どのサイトでも50点以下。でも良い。これは見るしかないとアマゾンの中古販売をポチッた。
それで見ました。
当時ヒットした「アバター」のパクリと言われ、確かにそれはそうなのだが、その部分自体は別に気にしなければ違和感は無い。「火星のプリンセス」を現在映画化しようと思えば、設定を原作当時にするか現代に移すかということになるわけで、さらに言えばさすがに現代では舞台をそのまま火星に設定するわけにもいかない。その意味ではこういう設定もありだろう。
ただ問題は、どうして瀕死の人間だけがテレポート出来るのか、作中で説明も無いし、それだけでなく色々話がわからない。なぜ? ということが多すぎる。だが、ここはまあ裏設定があるのだろうと思うしかない。
CGや特撮部分がチープなのも低予算だからしかたない。それでも良くやった方だろう。火星の空気製造工場がその辺にある工場そのものなのは笑えるが。お金をかければフルCGの豪華な絵も作れるだろうが、最近のCGアニメの中に実写の人物だけが合成される映画は、あまりにもやり過ぎで見ていて疲れる。ぼくなどはこの程度がむしろ良いくらいだ。
編集上でひどいところもある。主人公の首に鎖が巻かれているはずなのに、カット毎に有ったり無かったり。これは流石にダメでしょう。
シナリオはそれなりに原作を生かしていると思うし、そこは嬉しいが、いかんせん何の深みも無い。人物描写は本当に薄っぺらだ。どの登場人物にも何も思い入れが出来ない。これは致命的か?
トレイシー・ローズが老けてるとかいう意見も多いが、これはこれで味があると思う。だって惑星の女王だよ。それなりの貫禄があっても良いではないか。全編ほぼ無表情を貫いているが存在感はある。
総じて言えば、もし劇場で3000円払って見たのなら腹が立つかも… もっともそんなことは多々あるが。今回は中古DVDを安く手に入れたこともあって、純粋に作品についてのみ感想が言えるが、結論的にはけっこう良かったと思う。70点あげても良い。
あまりにも話があっさりし過ぎているところは残念だが、それでももしこの続編が作られていたとしたら、きっとそれも見ただろう。ここにはやはり原作の力が働いているのだと思うけど、「ジョン・カーター」もそうだが、最後の最後の結末が切なくほろ苦く、また期待を持たざるを得ない終わり方だから、この作品は終わっても終わらないのである。
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